広島カープのドラフト入団選手を振り返ってみようっと。[第1回〜第10回編]

まーや@まー部長です。

今年もドラフト会議がつつがなく執り行われましたね。残念ながら、広陵出身の早稲田・有原投手は外れちゃいましたけど。
で、変わりに中部大学・野間外野手を獲得。新聞では「ポスト緒方」と取り上げられてましたね。本人は目標は前田サンと言っているようですけど。(緒方監督ザンネン…)

さてさて、1965年に始まったドラフト会議は、今年2014年で50回。その軌跡でも振り返ってみましょうか。もちろん広島中心に。
じゃんじゃん端折りながら振り返りますよ〜。ドラフト制度も変わったりしてるけど、そんなことは気にせずじゃんじゃん端折りますからね〜。詳しく振り返りたい人はウィキペディアを見てください。

プロ野球ドラフト会議-Wikipedia

1965年 第1回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 佐野真樹夫 静岡/専修大
2 白石静生  徳島/四国鉄道管理局
3 鎌田豊   岡山/法政大
4 水谷実雄  宮崎/宮崎商高
5 河端良二  入団拒否
6 山元二三男 鹿児/照国高
7 竹野吉郎  島根/駒沢大
8 福島久   入団拒否
9 上柏徳治  入団拒否
10 石原昌美  入団拒否
11 宇都宮勝  入団拒否
12 矢崎健治  山梨/巨摩高
13 沖本光昭  入団拒否
14 杵島永至  入団拒否
15 池田重喜  入団拒否
16 山本真一  宮崎/専修大
17 川内雄富  広陵高
18 下村栄二  愛知/名商大

4位は水谷バッティングコーチ。前田智徳の引退時の号泣エピソードが記憶に新しいですね。
入団時は投手枠。入団後、内野手、外野手と転向して、1971年に外野手としてベストナインを受賞。1978年には首位打者を獲得。この時の打率.348は今でも球団記録。

貧乏カープは超はりきってなんと18巡目まで指名。「18位指名おめでとうございます!」「信じられません…サスガにもう指名しないと思ってましたから…」ってなるよ、コレ。ちなみに、この記録はまだ破られてません。恐らく、今後も破られることはないでしょう。まあ、当初は弱小球団は高確率で断られてたみたいなので保険だったんでしょうけど。西鉄は16人指名して、なんと13人に断られたとか。

1966年 第2回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
一次ドラフト
1 須山成二  広陵高
2 三村敏之  広島商高
3 小野一茂  入団拒否
4 古角哲士  入団拒否
二次ドラフト
1 西本明和  愛媛/松山商高
2 矢沢正   入団拒否
3 東山親雄  香川/亜細亜大
4 佐藤直信  入団拒否

おお〜三村監督〜。ここでしたか〜。山本浩二より入団速いんですな。
三村監督っていうと、巨人戦の敗戦インタビューで「巨人びいきのあの審判をお立ち台にあげてやれ!」と痛烈に批判して怒られちった事件が有名ですね。

この年の目玉は江夏豊。阪神・読売・東映・東急の4球団競合の末、阪神が獲得。1978年にカープに移籍。翌シーズンはシーズンMVPに選ばれ、日本シリーズではかの有名な「江夏の21球」を演出します。

1967年 第3回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 井上弘昭  大阪/電電近畿
2 植村秀明  奈良/郡山高
3 河井昭司  広陵高
4 岩崎良夫  栃木/立正佼成会
5 坂井大志  入団拒否
6 外山義明  入団拒否
7 吉田茂   入団拒否
8 有田哲三  山口/松下電器
9 山根政明  入団拒否
10 片岡一美  岡山/関西高

1位の井上野手はクリーンナップを期待された外野手。でも翌年に山本浩二が入団、その後は出場機会に恵まれず中日に移籍。中日リーグ優勝時には3番打者として貢献。山本浩二を獲得できていなければ、カープの主軸を担う打者だったかもしれませんね。

この年の大物は近大附属福山から東京オリオンズに入団したマサカリ兆治さん。甲子園には出場できなったというのに、遠く離れた東京の球団から1位指名。スカウトってすごいな。

1968年 第4回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 山本浩二  廿日市高→法政大
2 水沼四郎  兵庫/中央大
3 山口喜司  大分/陸上自衛隊西部
4 石川政雄  山口/宇部鴻城高
5 前保洋   入団拒否
6 稲葉光雄  入団拒否
7 益田芳樹  入団拒否
8 六條誠一  入団拒否
9 上林成行  入団拒否

ミスター赤ヘル・山本浩二の登場。カープでミスターの称号を与えられた選手は山本浩二ただ一人。誰もが認めるカープ史上最高の英雄でしょう。監督としてはアレレだけど…。

2位指名は水沼捕手。カープで歴代ナンバーワン捕手と言えば、個人成績なら達川・西山のどっちかですよね。けど団体成績では水沼はリーグ優勝3回・日本一2回、達川はリーグ優勝3回・日本一1回。あら?だったら達川?水沼に持っていく流れのはずが?…歴代2番か3番の捕手です、はい。

この年は空前絶後の大豊作。他球団の1位指名は、星野監督、東尾監督、ミスタータイガース田淵、ミスターロッテ有藤、サブマリン山田、などなど大御所目白押し。ちなみに下位には盗塁王福本さんも。盗塁王獲る選手って小柄でパワー不足だから大抵下位指名ね。

1969年 第5回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 千葉剛   宮城/日本鉱業日立
2 渋谷通   京都/平安高
3 上垣内誠  広島商高→東洋大→河合楽器
4 森永悦弘  入団拒否
5 小林正之  千葉/千葉商科大
6 西沢正次  愛知/河合楽器
7 島村雄二  埼玉/大宮高
8 斎藤数馬  入団拒否
9 竹中昭   鳥取/由良育英高
10 谷博信   入団拒否
11 高橋英二  入団拒否

5位指名は小林コーチ。現役時代は鳴かず飛ばずでわずか4年で引退。しかし、引退後は古葉監督のもとでコーチとなり3度のカープ日本一に貢献。その後も古葉監督と共に大洋へ行き、古葉監督と共に少年野球教室で教えたり、古葉監督の大お気に入りさん。

広島とはてんで無関係ですが、この年は「荒川事件」が勃発。行きたくない〜とダダこねる人はいつの時代もいるものです。叔父さんが巨人の監督だとかで、いやいや、お父さんが巨人のコーチでした、間違えました。脅迫・襲撃まで発展してしまったこの事件の後遺症で荒川はわずか5年で引退へと追い込まれてしまいます。

1970年 第6回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 佐伯和司  広陵高
2 永本裕章  盈進高
3 石井高雄  福岡/柳川商高
4 前田三郎  山口/下関商高
5 金城基泰  大阪/此花商高
6 荒金雄司  入団拒否
7 守岡茂樹  岡山/岡山東商高

箕島の島本・岐阜短大付の湯口・広陵の佐伯は高校三羽烏と言われたスター選手。この年は1南海→2巨人→3広島の指名順で、3球団できっちり三羽完売。それにしても、三羽烏とか表現がもう古典…。

2位指名の永本投手はプロ野球史上初の満塁敬遠で有名。
1975年、山本浩二の首位打者獲得がかかった中日最終線、1打打てば逆転首位打者となる井上を満塁で送り込んできた中日に対して、マサカの満塁敬遠をお見舞い。消化試合は勝敗より成績だからねえ…。

1971年 第7回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 道原博幸  山口/芝浦工大
2 劔持節雄  岡山/岡山日大高
3 永射保   鹿児/指宿商高
4 荒谷稔   入団拒否
5 岡義朗   岡山/岡山東商高
6 山形和幸  山口/桜ヶ丘高
7 根建忍   神奈川/武相高
8 浜納一志  鳥取/鳥取西高
9 松田節男  入団拒否
10 若松茂樹  入団拒否

左のサイドスロー永射投手がいますな。パリーグの投手ですが、いや〜入団は広島だったんですか〜。左サイドスローから更に外角へ逃げるカーブで左打者を手球に取った、対左打者ワンポイントリリーフの元祖。

今年のCSで対阿部で登板した阪神・高宮もいい仕事しましたね。そういう局所でいい仕事する選手大好物。犠打を確実に3塁線に転がせるとかね。残念ながら、今のカープにはいないかな。

1972年 第8回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 池谷公二郎 静岡/日本楽器
2 松林茂   山口/大昭和製紙北海道
3 萩野友康   入団拒否
4 長島吉邦  熊本/新日鉄名古屋
5 小俣進   神奈川/大昭和製紙
6 青木康彰  入団拒否
7 竹桝和也  入団拒否
8 木本茂美  山口/桜ヶ丘高
9 木山英求  呉港高

池谷さんだあ〜。今年のCS第1戦でも解説してましたね。浩二くんも一緒だったと思うんですけど彼は選手以外ではアレレですからね。池谷さんのフォローが必須アイテム。
1976年に沢村賞を受賞、前年にカープ初の沢村賞投手となった外木場に続く快挙。同年に最優秀投手に選出、前年に以下略。更に最多奪三振も獲得、前年に以下略。…外木場さんアナタって人は…。

どうでもいいけど、日本楽器ってヤマハなんだ。むしろ、ヤマハって創設者の名前だったと思うけどナゼに日本楽器にしていたのか。

1973年 第9回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 木下富雄  埼玉/駒沢大
2 福井文彦  入団拒否
3 瀬戸和則  岩手/盛岡鉄道管理局
4 福島義隆  入団拒否
5 野村豊   入団拒否
6 入江道生  福/九州産交
7 石淵国博  宮崎/宮崎実高

木下さん焼き鳥食べたくなる。野球鳥って調べてみたら2007年からみたいだけど、もっと前からあったような記憶があるんですがあれは「きのした」ではない店だったか。

この年は高校生の江川卓が阪急の1位指名を拒否し慶応大を受験。慶応は独自のスポーツ加点があるので超高校球児の江川が合格しないはずがない、のにマサカの不合格、ナゼだ慶応!?そんなこんなで法政大に進学。4年後の江川事件への布石。

1974年 第10回ドラフト会議

順位 選手 守備 出身
1 堂園喜義  鹿児/鹿児島商高
2 望月卓也  竹原高
3 高橋慶彦  東京/城西高
4 中川惣一  福山工高
5 相良憲治  入団拒否

3度の盗塁王に輝いたカープの韋駄天・慶彦くん登場。入団時は投手枠。けど木庭スカウトは最初から高橋の走塁に目をつけていて入団後すぐ野手に転向。投手だったのにスイッチヒッターとか器用すぎ。1979年に記録した33試合連続安打は現在でも日本記録。

カープで「3度の盗塁王」は3人。慶彦くん、野村監督、緒方監督。内2人は監督になったけど慶彦くんが監督になることはないでしょうかね…。

まとめ

10回まで振り返ってみました。なんていうか、昔すぎてむしろ懐かしい感じがしないです。20回あたり行ったら懐かしさが感じられそうなんですが、長すぎやしませんか…先が…。

とにかく、一旦切りましょう。また次回〜〜〜。

まーや
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